三菱i-MiEVや日産リーフに採用されたバッテリー
私が考えるEV遺産の第一は、三菱i-MiEVや日産の初代リーフが採用した、マンガン酸リチウムを正極に使ったEV用リチウムイオンバッテリーの実用化だ。
マンガン酸リチウムを正極に使ったリチウムイオンバッテリーは何が凄いかというと、安全性の高さである。
リチウムイオンバッテリーは、旭化成に在籍した吉野 彰(2019年にノーベル化学賞を受賞)が実用化し、まずラップトップ式パーソナルコンピュータ(PC)や携帯電話などで商品化された。そのリチウムイオンバッテリーの正極は、コバルト酸リチウムだった。小さくて軽く、多くの充電容量をもつことができたが、過充電により熱を持ち、膨張や発火の懸念があった。
そのような危険性をはらんだまま何百セルも搭載して、EVで火災事故が起きては大ごとである。携帯電話で使われたリチウムイオンバッテリーは、3Wh程度であったが、EVでは初代リーフでも24kWhの容量を持ち、それは携帯電話の8000倍になる。それが発火したら、ただごとで済まないことは想像できるだろう。
そこで開発されたのが、マンガン酸リチウムを正極に使うリチウムイオンバッテリーである。
マンガンとコバルトでは、結晶構造が違う。
マンガンは、スピネル構造と呼ばれ、リチウムがマンガンの結晶の隙間に収まる状態になっている。これに対し、コバルトの結晶は層状構造と呼ばれ、コバルトの層と層の間にリチウムが、やはり層状に挟まれた状態で収まっている。
充電の際は、負極へリチウムイオンが移動する。スピネル構造のマンガンは、リチウムがすべて負極へ移動したとしても結晶構造が崩れない。一方のコバルトは、層と層の間にあったリチウムがすべて抜けてしまうと、建物の床が落ちるようにコバルトの結晶構造が崩れる。これが短絡(ショート)の一因となり、発熱や膨張、あるいは発火といった事態を起こす懸念が生じる。
一方、スピネル構造のマンガンは、リチウムが入り込む隙間がコバルトに比べ少ないので、充電容量が小さくなる。つまり、満充電からの走行距離が短くなってしまう。
それでもあえて三菱自動車工業と日産が、世界初といえるEVを市販するにあたり、マンガン酸リチウムを正極に使うリチウムイオンバッテリーを実用化し、それなりの一充電走行距離を実現した意義は大きい。