人気旅行スポットの定番といえる、立山黒部アルペンルート。バスやケーブルカーを乗り継ぎで、北アルプスを貫いて長野県と富山県を行き来できる。その一部では現在、電気バス(EVバス)が運航している。導入の背景とEVバス導入成功の秘訣とは何かを、現地で探った。
54年間に渡るトロバスの実績
「一度は行ってみたい観光地」として、広い世代から人気の高いスポットが、立山黒部アルペンルートだ。
総延長は37.2km、最大高低差は1,975mに及ぶ、世界屈指の山岳観光ルートである。 特徴なのは、様々な乗り物を乗り継いで進むこと。
例えば、JR長野駅を起点とすると、特急バス、路線バス、(関電トンネル)電気バス、徒歩、ケーブルカー、ロープーウェイ、(立山トンネル)トロリーバス、バス、ケーブルカー、鉄道と10の行程を経て電鉄富山駅にたどり着く。
待ち時間なしでこれら10行程の総合時間は4時間40分に及ぶ。途中の観光スポットを散策したり食事をしていると、ほぼ丸1日を要することになる。
筆者はこれまで、長野県側と富山県側のそれぞれからこれら10行程を体験してきた。そうした中で近年、自動車業界や公共交通に携わる地方自治体から注目が集まっているのが、電気バスだ。正式名称を「関電(関西電力)トンネル 電気バス」という。
電気バスの技術詳細に触れる前に、電気バスの歴史を振り返っておきたい。
導入されたのは2019年からと比較的、日が浅い。だが、立山黒部アルペンルートを訪れる人にとっては、扇沢~黒部ダムの行程では、電気バス導入前から、「トロバス」という名の電動バスとして親しまれてきた。
トロバスとは、トロリーバスのことだ。電車のパンタグラフのような集電機器を介して架線から電気を受け取りながら走る電動車である。昭和の時代には全国各地でトロリーバスが導入されており、筆者も横浜市内の実家周辺でトロリーバスを使っていた経験がある。
関電トンネルのトロバスが導入されたのは、第一回東京オリンピックが開催された1964年。初代(100型)は1995年まで、また二代目(200型)が1969年~1996年まで、そして三代目(300型)が1993年~2018年まで、一部の時期を重複して運航してきた。
なぜトロリーバスや電気バスが必要なのか?
トロバスが導入された理由は、山岳地帯の自然環境保護の観点から、クリーンエネルギー車として選択されたからだ。いまでは、社会全体でSDGs(国連・持続可能な達成目標)やカーボンニュートラルといった考え方が共有できている。
それが、トロバス導入の1964年といえば、高度経済成長の初期であり、車社会シフトの前夜である。そんな時期に、自然環境保護を優先して、コストの高いトロバス導入を決断した当時の関係者は、まさに先見の明があったと言えるだろう。その上で、全国各地の公共交通での運航実績を踏まえて、山の奥地、しかも長いトンネル内にトロバスが導入された。
関電トンネル トロバスのラストイヤーに乗車した際、今後の記念として集電装置などを撮影した。また、試乗中は実質的には電気バスであるため、車内にディーゼルエンジンのような大きな振動もなく、またバスの乗降地点の空気も澄んでいた。
電気バスは15台導入
電気バス導入のきっかけについて、関西電力では「トロバスの車両、およびインフラが老朽化してメインテナンスコストがかさんできたから」という理由を挙げている。電気バス導入で年間約4000万円のコスト抑制を実現した。
もちろん、電力会社としてクリーンエネルギーを運輸部門で積極的に導入したいという意図もあった。
電気バスは、日野自動車「ブルーリボン」がベースで、EV・水素・天然ガスなどの車両に対応する開発企業「フラットフィールド」がEVに仕立てた。総重量は10,300kg、乗員80人、駆動モーター出力は230kW、リチウムイオン・バッテリーの容量は52.8kWh。
通常の充電は、扇沢駅のプラットフォームに停車中、車載パンタグラフを上げて約10分間の大出力の超急速充電を行う。また、チャデモ方式での充電にも対応する。電気バスの運航関係者によると「5.4kmを往復する毎に10分充電している。行きは上りなので下りより多く電気を使う」と話す。
今回は平日の利用で比較的空いていたが、土日や夏休みシーズンは連日、扇沢駅で電気バス乗車を待つ人の列ができる大人気路線。
料金は今回、扇沢から黒部ダムまでの往復で一人3,200円。こうした料金設定でも、他に類のない人気の山岳観光ルートであるため、訪れる人にとっては料金支払いへの心のハードルが低いのではないだろうか。