600kWの超急速充電の実現でレースはさらにエキサイティング
電気自動車の最高峰レース「ABB FIA フォーミュラE 世界選手権」が、2024年12月から2025年7月にかけて行なっているシーズン11の一部のレースにおいて、革新的な新機能「ピットブースト」を導入すると発表した。
ピットブーストは、レース中にピットレーンで600kWの高出力でマシンに超高速充電を行うものだ。各マシンはこのピットストップにより、レースで使用できる総エネルギー量の10%(3.85kWh)相当の追加エネルギーを30秒間で充電することになる。なお、マシンの充電口はドライバーの背後に備わっており、そこに充電プラグを挿入する形で充電を行う。
一般車向けの充電設備に目を向けると、日本国内では最大出力150kWクラスが最高レベルとされ、欧州ではIONITYが整備を進める超急速充電設備が最大350kWの高出力でトップレベルとされている。しかし、フォーミュラEはその2倍近い600kWである。むろん充電設備がいくら強力であっても、マシン側の受け入れ能力が伴わなければ宝の持ち腐れとなる。市販車では叶わないレベルの超急速充電をレースで先行実験するというのが、フォーミュラEとしての目的なのだ。
かの本田宗一郎が言う通り、「レースは走る実験室」なのだから、この大出力による短時間の超急速充電を、まずはレースの現場で確かめるのは、今後の市販EVの開発にあたって十分に価値があるものと思われる。
このため、超急速充電の実戦投入まではさまざまなテストが繰り返され、当初は2024年のシーズン10で導入が検討されていたものの、安全性と信頼性を確保するレベルに達するまでは投入が見送られいていた。そしてようやく目途が立ったことで、シーズン11の次戦、サウジアラビアで行われるジェッダE-Prix(2025年2月14・15日開催)で初の実戦投入が決まった。
ピットブーストの概要
以下はフォーミュラEが発表した、ピットブーストの主な特長だ。
・34秒間の静止ピットストップを行い、その内の30秒間で600kWの急速充電を実施。レースカーに10%(3.85kWh)のエネルギーを追加
・指定されたレースで全ドライバーに義務化
・既存のルールである「アタックモード」とは独立して運用され、チームは両方の戦略要素を同時に管理する必要がある
※「アタックモード」とは、走行ライン外に設置されたアクティベーションゾーンを通過することで、最大出力が50kW増加し、オーバーテイクを容易にする機能。レース中に2回モードを起動し、合計8分間使用することが義務付けられている
・ピットクルーは1台につき同時に最大ふたりまで作業可能。さらにひとりが車両の停止と出発を担当
・各チーム1台ずつのみに使用可能(同時使用不可)
・超高速充電技術を象徴し、「レースから公道へ」の革新を体現
・FIAがピットブーストを実施するタイミングを決定し、各レースの21日前にチームに通知
フォーミュラEは、この革新的なピットブーストの導入によって「レース展開にさらなるスリルとドラマが加わり、観客に新たな興奮を提供します」とコメントしている。それは、マシンを操るドライバーとチームが、10%のエネルギー追加によるアドバンテージとピットストップによる一時的に順位を下げるリスクを見極め、最適なタイミングでピットブーストを使用する決断をレース中に行わなければならないからだとしている。
これまでも、ファン投票上位3台に対し、一時的なエクストラパワーが与えられる「ファンブースト」を導入したり、アタックモード使用時に最大50kWのパワーアップと同時に、駆動方式を後輪駆動から四輪駆動に変化させ、圧倒的な性能アップでオーバーテイクの機会を増やすなど、電気自動車による先進性と、モータースポーツが本来持つエキサイティングな面をフォーミュラEは追求してきた。
そこへ新たに加わるピットブーストで、レースにより戦略性を持たせること、そして「レースから公道へ」をテーマとして、レースから市販車に技術的なフィードバックを行なうための先行実験要素は大いに魅力的だといえる。