電気自動車の登場と普及は、国内外の政治・経済にどのような影響をもたらすのでしょうか。伝説の自動車アナリストとして知られる中西孝樹さんに、様々な疑問をぶつける連載です。「EVシフトは欧州が仕掛けた経済戦争」という側面についてさらに詳しく迫ります。
Q.前回、EVシフトは欧州が仕掛けた「ルールメイキング」による経済戦争であるという趣旨の話がありました。もう少し詳しく教えてください。
まず2019年12月に、欧州委員会の新体制が発足しました。このとき欧州委員会は「6つの優先課題」という戦略を発表したのですが、その筆頭に掲げられていたのが「欧州グリーン・ディール」という構想です。これは「脱炭素」と「経済成長」の両立を目指すとする構想で、具体的な中身としては、「2050年までに気候中立を実現する」「欧州企業をクリーン技術・製品のリーダーにする」などの目標が掲げられています。あらゆる産業分野を対象としており、もちろん自動車分野も対象になっています。
前回も触れましたが、脱炭素はCO₂の削減に向けた取り組みをマネーに変えるために欧州が編み出した新しい経済ルールという側面が強く、その狙いが何かと言えば、温暖化から地球を守るという理想の下に、企業にイノベーションを促して雇用を創出させたり外貨を獲得させたりすることを目論んだ「企み」のようなものと言っても過言ではありません。実際、「6つの優先課題」を細かく見ていくと、貿易協定などを通じて他国にEUモデルの採用を促していくという方針も明示されています。そのことからも、脱炭素時代において国際ルールメイキング上のイニシアティブを握りたい彼らの思惑を見て取ることができるでしょう。
いずれにせよ「欧州グリーン・ディール」の発表が、EVシフトの流れを作ったことに間違いはありません。欧州はEVのみが次世代車の役割を担うと主張しており、他地域の自動車メーカーの強み、特にハイブリッド車で高い競争力を誇る日本メーカーを封じ込めようとする戦略性がそこに垣間見えています。
Q.トランプ退陣後、アメリカも欧州に追随する動きを見せたというお話でしたが、具体的に教えてください。
バイデン大統領は就任早々、トランプ前政権が離脱した地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」への復帰を宣言し、2050年までにCO₂などの温室効果ガス排出量を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル」の目標達成を打ち出しました。この目標は、それまでのアメリカの政権では見られない意欲的なものでした。
バイデン政権の政策は「米国インフラ計画(アメリカン・ジョブズ・プラン)」から発動し、2030年までに新車の50%以上をEVや燃料電池車にする大統領令にも署名をしました。アメリカン・ジョブズ・プランにおいては、4年間に環境・インフラ部門に2兆ドル(約260兆円)を支出し、エネルギー分野の技術革新研究に10年間で4000億ドル(約52兆円)を投資する計画になっており、またクリーンエネルギー産業で1000万人の雇用を創出する目標も設定したほか、AIやバッテリー技術などの研究開発への追加投資を促し、より強靭な競争力を持つ国家の建設を唱えました。この法案は、後に「超党派インフラ法案(ビルドバック・ベター法)」として成立しました。このように、莫大な補助金政策を実行することで温暖化対策を実現し、自国の経済安全保障を強化する戦略を打ち出したのがバイデン政権です。
いま振り返ってみると、欧州の「欧州グリーン・ディール」とアメリカの「アメリカン・ジョブズ・プラン」が、その後の世界のEVシフトの流れを決定づけたと思います。繰り返しになりますが、欧州もアメリカも「温暖化を防いで地球環境を守る!」といった使命感から行動しているわけではなく、主導権を握って自国の権益を拡大するために行動しています。実際には、ここに中国やインドの動きも密接に絡んでくるのですが、その話は別の機会に解説しましょう。
(インタビュー:TET編集長 田中 誠司)
<つづく>