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日産のEVのルーツ「たま」
EVシフトの減速がメディアで報じられることもある昨今ですが、世界的なカーボンニュートラルトレンドが進んでいく限り、モビリティのゼロエミッション化は避けられないものであり、世界は確実にEVシフトを受け入れ、進めていくであろうというのが中長期的な見方なのは変わりません。
カーボンニュートラルが求められるのは地球温暖化・気候変動の対策において人間社会ができる有効かつほとんど唯一の方法がCO2排出量削減であるからですが、それとは別の視点でEVのニーズが高まった時代もありました。
それが第二次世界大戦後の日本です。
1945年の終戦からしばらく、日本では占領軍による軍需物資統制が敷かれていました。そのなかには原油も含まれていましたから、深刻な石油不足に陥ることになります。
一方、山の多い日本では水力発電によって電力供給をすることは可能です。そこで小さなモビリティとしてEVが解決策として求められたのです。
その時代に生まれたEVの代表作といえるのが「たま」です。製造したのは「東京電気自動車」で、のちに日産自動車に吸収合併されるプリンス自動車の前身となる会社です。つまり、リーフやアリアなど、日産EVのルーツは「たま」にあるともいえるのです。
多摩地区に工場があったから「たま」という名前にしたというエピソードも微笑ましいところですが、後ろヒンジのドア、丸目ヘッドライト、幅の狭いタイヤといった要素からなる丸っこいフォルムは、令和の感覚でみると可愛いもので新鮮に思えるかもしれません。
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