ドラフト会議 近藤真彦は天を仰ぐ
さて、これにより全12枠のうち4枠が選抜選手で埋まり、残り8枠をかけてドラフト会議が始まる。
と、その前にちょっとしたサプライズ。全日本カート選手権EV部門の大会名誉会長で、自由民主党衆議院議員の山本左近氏が偶然居合わせ、予定にはなかったが登壇しスピーチ。ご存知ない方のために山本議員のことを説明すると、元レーシングドライバーで、カートからキャリアをスタートし、全日本GT選手権(現・スーパーGT)にはTOM’SからGT500クラスに参戦。フォーミュラニッポン(現・スーパーフォーミュラ)にはKONDO RACINGから参戦し、2006年には当時の日本人最年少記録となる24歳でF1に参戦した。そのときのチームが鈴木亜久里氏が率いるスーパーアグリで、カートからF1まで経験していることから、まさにこのシリーズの大会名誉会長にうってつけの人物といえる。
山本議員はEVカートを未来への礎であり、モータースポーツの発展に寄与するものとして期待の弁を力強く語っていった。育ての親ともいうべき、舘 信秀、近藤真彦、鈴木亜久里の各チーム代表も、さぞ議員としてモータースポーツの発展に政界で尽力する姿に目を細めているのではないかと思う。
さて本題に戻し、ドラフト会議。2024年のオーディションは47名の応募に対し、書類選考を経て走行テストと自己PRを含む面接を行い、19名のドライバーが最終選考に残った。
プロ野球のドラフト会議さながらに、各チームの一巡目選択希望選手が発表された。ここではCVSTOS×AGURI EV Kart Racing TeamとTOM’S EV Kart Racing Teamが13歳の酒井龍太郎選手を巡って競合。結果は鈴木亜久里代表が率いるAGURIが獲得し、選抜選手の佐藤とドラフト指名の酒井によるラインアップが確定した。
また、15歳の鈴木悠太選手を巡っても、KNC EV Kart Racing TeamとKONDO EV Kart Racing Teamが競合。「くじ運が無い」からと抽選に参加することを拒む近藤真彦代表は、同席するスタッフに半ば強引に背中を押される格好で登壇し、残り物には福があるとKNCチームへ先に封筒を手にするよう促すも、あえなく撃沈。鈴木選手はKNC所属となり、近藤代表は思わず天を仰いだ。
一巡目の競合抽選に敗れたTOM’SとKONDOの両チームは第2希望選手を指名。競合することはなく、無事にTOM’Sは13歳の女性ドライバー松井沙羅選手を、KONDOは15歳の中井陽斗選手を獲得した。
注目すべきはTOM’Sの松井選手だ。13歳の女子中学生である松井選手は、今年のモータースポーツ業界で一気に注目度が上がった選手のひとり。それは、F1に参戦するウィリアムズチームの育成ドライバーになったからだ。F1チームの育成枠に入ったからといって、将来のシートが確約されるような簡単な話ではないが、日本人が育成枠に入ること自体が稀なうえ、若干13歳の女性が指名されたことはちょっとした驚きをもって報じられた。ぜひ松井選手の今後の動きには注目いただきたい。
その後、二巡目の選択希望選手が各チームから発表されたが、ここでは競合がなくスムーズに全チームの所属選手が確定した。この結果、モータースポーツを題材に描いたアニメ「ハイスピードエトワール」をルーツにもち、今シーズンはKYOJO CUPに2023年GT300クラスチャンピオンの川合孝汰選手を監督に迎えて参戦するHIGHSPEED Étoile Racing EV Kart teamとTOM’Sの2チームは、所属選手が2名とも女性ドライバーというラインアップを完成させた。先ほどの松井選手や、四輪モータースポーツの国内最高峰スーパーフォーミュラでも、今シーズンは18歳のJuju選手が参戦するなど、女性ドライバーの躍進が目覚ましい。
大会概要説明でトムスの谷本代表取締役社長が語っていたとおり、すでに「光る存在」といえる現役のスーパーフォーミュラ・スーパーGT選手をはじめ、10代前半の若手カートレーサーに、女性ドライバーやF1チーム育成ドライバーと、じつに幅広く将来性のあるラインアップが揃ったといえる。
関係者に訊く「レースの印象と期待そして将来像」
さて発表会後、いくつか関係者に大会の印象やマシンについて話をうかがうことができたので報告したい。
まずは近藤真彦氏に大会への印象をうかがった。近藤氏はKONDO Racingを率いて国内最高峰レースにチーム参戦するだけでなく、スーパーフォーミュラの運営団体である日本レースプロモーションの会長に2023年から就任し、数々の改革を行いスーパーフォーミュラの盛り上げを推進している。インタビューにあたっては会長の立場ではなく、チーム代表としての立場で次のように語ってくれた。
「将来『えっ!? あのときの子が』という仕組みになるんじゃないか」と若手育成の面に期待すると発言。ただし、参戦するからには勝ちにいかなければならないという理由から、今回はカートでの実績も十分な小高選手を起用したと背景を語る。そのうえで、チャンピオン獲得賞典については「ただテストで乗れるというだけでなく、年間を通じてFIA-F4に出場できるぐらいの権利は与えて欲しいと思うし、それぐらいの価値が備わった大会だと思っている」とシリーズを評価している。
また、EVが社会的に注目されるなかで、もう一歩シリーズを前進するためには市街地レースの実現が望ましいとも語ってくれた。
続いてカートからARTAの育成でドイツに渡り、ドイツF3選手権を制してアメリカのインディカーシリーズに参戦、現在はスーパーGT300クラスでランボルギーニをドライブする傍ら、自らカートチームを運営し若手育成を行っている、ANEST IWATA EV Kart Racing Teamの松浦孝亮氏にも話を聞いた。
まずは松浦氏が日頃扱うエンジンカートとEVカートの違いについてだ。
「クルマの重量が全然違いますし、走らせ方が違います。エンジンの場合、トルクの出るところだったり、パワーバンドが個体によっても違いがあります。一方、EVの場合はモーターによって下からトルクが出ますから、それに合った乗り方をしなければいけないと思います。なので、その違いをいち早く感じ取ってアジャストできた人が一番速くなると思っています」
これまでエンジンのカートで育ってきた若手ドライバーが、特性の異なるEVカートに乗るメリットがあるのかという質問に対しては
「例えば(鈴木)亜久里さんのチームのように、経験のある佐藤蓮と若手の酒井龍太郎が組むことによって、さまざまな特性の異なるマシンに乗ってきた経験がある佐藤から、重いクルマの走らせ方やパワー特性が異なるマシンの操り方など、いろいろと酒井が学んでスキルの引き出しを増やすことができるんじゃないかと期待しています」とドライビングの幅が広がることに期待したコメントをしてくれた。
最後にトムスの谷本氏に選手育成についてうかがったら「今回、三村選手が指名されたのは嬉しかったですね」と意外な返答。てっきり10代の若手ドライバーの育成について語ってくれると思っていたのだが、注目は33歳の三村選手なのだと。
「ANEST IWATAさんから指名されたわけですけど、年齢で言えば33歳なので育成という枠から外れるように思うんですが、でもじつは二次選考会のテスト走行ではトップタイムを記録しています。それでなぜ三村選手が指名されて嬉しいのかって言いますと、四輪競技に行くだけがカートのトップではないということを示してくれたら嬉しいなと思うからです。今後次第ではありますが、賞金が魅力的な金額まで増えれば、選手のモチベーションは上がりますし、ベテラン選手だって賞金を狙いにきます。そうするとレベルはさらに上がり、カート自体の注目度も上がります。そうなることを期待しています」
モータースポーツ業界の選手育成というと、どうしても10代中盤から20代前半までの若手に目がいきがちだが、今回のようにベテランがドラフトで選出されることで競争が発展し、若手も育成できればカート業界の盛り上げにもつながるというビジョンは、なかなか鋭い視点だと感じた。
全日本カート選手権EV部門では、今後もさらなる大会の魅力拡大に向けて、レース以外の大会コンテンツにも注力し、見に行って楽しいイベントに成長させていく予定だという。今後立ち上げ予定の専用サイトで随時情報を更新していくということなので、ぜひ全日本カート選手権EV部門に注目いただきたい。