性能向上が求められたEV用バッテリー ドイツのフェルディナント・ポルシェが最初につくったのは、電気自動車(EV)だった。ところが、蓄電池(バッテリー)の性能が十分でなく、次にガソリンエンジンを発電用に使うハイブリッド車(HV)を開発した。発電した電力でモーター駆動を行う、シリーズ式ハイブリッドシステムだ。ここでいうバッテリー性能とは、1回の充電で走れる距離についてである。 動力性能という点では、ベルギーのカミーユ・ジェナッツィが1899年に自動車として初の時速100kmを達成し、それはラ・ジャメ・コンタントと名付けられたEVによる快挙だった。このことから、EVが高性能な素養を持つことがわかる。 また、米国のヘンリー・フォード夫人であるクララは、デトロイト・エレクトリック社の1915年型EVを愛用していた。20世紀初頭、ガソリンエンジン車に比べ、EVは女性にも運転しやすく、静かで、上品な乗り物だったのだ。 しかし、20世紀に世界的な普及を果たしたのはガソリンエンジン車だ。トーマス・エジソンの発明によってランプから電灯に切り替わったあと、米国の石油会社が燃料の販売先としてエンジン車に目をつけ、ガソリンの販売をはじめたからだ。 一方のバッテリーはというと、以来100年近くもの間これといった進化がなく、2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野 彰博士が、1990年代にリチウムイオン・バッテリーの実用化に道筋をつけたことでようやく躍進し、EVが実用的な一充電走行距離を手に入れられるようになったのである。 それまでは、ポルシェなどが使った鉛酸とよばれるバッテリーが中心だった。電極に鉛を使い、これに希硫酸を電解液として用いることで化学反応を起こさせ、鉛の原子が電子を放出し、正極から負極へ電気が流れる仕組みだ。充電はその逆の化学反応になる。充放電のときの化学反応で、電極の物質は変化している。 EVを変えたリチウムイオン 1960年代に実用化されたニッケル・カドミウム(通称ニッカド)や、1990年に実用化されたニッケル・水素吸蔵合金(一般にニッケル水素)といった、いわゆるバッテリー容量がより大きいバッテリーが生まれると、電動の模型や家庭電化製品、あるいはHVや一部EVなどで使われた。これらバッテリーの充放電の仕組みも、鉛酸と同様、電極の物質が電解液によって化学反応を起こし、電子を放出して物質が変化することで電気の流れを起こす。 これらバッテリーの弱点は、電極の材質が化学反応によって変化するため、次第に物質の化学変化が起こりにくくなり、いわゆる劣化という状態となって充電性能が落ちる。 これに対し、リチウムイオン・バッテリーは、正極の電極材料に含まれるリチウムイオンが、正極と負極の間を行き来することで電気の流れを生み出すので、電極の材質は変化しないため、劣化しにくい。 また、1セル(ひと組の正負極によるバッテリー最小単位)が生み出す電圧が高いので、同じ電流を流した場合でも電力を大きくできることから、バッテリー容量も大きくなり、一充電走行距離を長くできる。 以上のように、バッテリーとひと言でいっても、鉛酸やニッケル水素などと、リチウムイオンでは、まったく素性が異なるのである。リチウムイオン・バッテリーが革新的といわれる理由がそこにあり、吉野博士もノーベル賞を受賞できたといえる。 ポルシェやジェナッツィ、あるいはクララ・フォードの時代から最大の懸案であり、EVの弱点であったバッテリーが、リチウムイオンの実用化で大きく進化し、一充電走行距離を確保できる時代が訪れた。そうなると、もともと動力性能や運転のしやすさなどで優れたEVが、実用の域に達し、普及の兆しが表れたのは、当然の成り行きといえるのである。 リチウムイオン独特の使い方 ただし、革新的バッテリーであるリチウムイオンには、高性能であるが故の注意点がある。電極に含まれたリチウムイオンが移動するため、過充電の状態になると、電極の結晶構造からリチウムイオンがすべて抜け出てしまう。これにより電極材料の結晶構造が崩れ、短絡(ショート)する懸念があるので、過充電とならないような制御が必要だ。 そこで、適度に電気を使ったらこまめに充電したり、必ずしも100%の満充電にしようと思わないようにする使い方が、リチウムイオン・バッテリーには適している。そのほうが、バッテリー寿命を永くもたせることにも通じる。 大電流や高電圧を利用するEVでは、ことに過充電や過放電の悪影響が大きくなるため、バッテリー充電の制御をクルマが行っている。 逆にニッカドやニッケル水素のバッテリーは、充電された電気を使い切ってから充電をはじめないと満充電にできない特性があった。したがって、こまめな充電はよくないとされてきた。このバッテリー特性による得手不得手という違いにおいても、リチウムイオン・バッテリーは従来と別の扱いになることを知っておくとよい。 リチウムイオン・バッテリーのそうした特性は、スマートフォンなどで使われているリチウムイオン・バッテリーも同じなので、充電をこまめに行い、必ずしも満充電にしないで利用するほうが、バッテリーにやさしい使い方となり、寿命を永く保つ秘訣でもある。
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