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新しい走行感覚がスタンダードとなるか
<変速機がないことで生まれるメリット>
変速機を搭載しないことで、EVは多くの利点を享受している。まず挙げられるのが機械的な効率の向上である。変速機は複雑な歯車機構やクラッチ、シンクロナイザーなどで構成され、それぞれの部品で摩擦による損失が発生する。一般的な自動変速機では、エンジンの出力の5〜15%程度が熱として失われてしまう。EVは固定減速機のみとすることで、この損失を最小限に抑え、バッテリーの電力をより効率的に駆動力に変換できる。
車両の軽量化も大きなメリットである。現代の8速や9速といった多段変速機は、複雑な油圧制御システムも含めると50〜100kgにも達する。EVにとって車重は航続距離に直結する重要な要素であり、変速機を省くことで得られる軽量化効果は無視できない。さらに、部品点数の削減は信頼性の向上にもつながる。変速機は定期的なオイル交換や故障の際に高額な修理が必要となるが、固定減速機ならメンテナンスはほぼ不要である。
コスト面でも変速機の省略は大きな意味をもつ。高性能な変速機の開発には莫大な投資が必要であり、製造コストも高くなる。EVメーカーはこのコストを削減することで、高価なバッテリーへの投資を増やしたり、車両価格を抑えたりすることが可能となる。実際、多くのEVメーカーがシンプルな駆動系を採用することで、競争力のある価格設定を実現している。
<それでも変速機を採用するEVも存在する>
興味深いことに、すべてのEVが変速機をもたないわけではない。ポルシェのタイカンは、リヤアクスルに2速変速機を搭載している。1速は強力な加速性能を実現するために低いギヤ比に設定され、2速は高速走行時の効率を高めるために高いギヤ比となっている。これにより、タイカンは0-100km/h加速2.8秒という驚異的な加速性能と、260km/hという最高速度を両立させている。
変速機を採用する理由は、モーターの効率曲線にある。電気モーターは幅広い回転域で動作可能だが、超高速域では効率が低下し、発熱も増大する。2速変速機により、モーターを常に最適な回転域で使用できれば、同じバッテリー容量でより長い航続距離を実現できる可能性がある。実際、ポルシェはタイカンの2速変速機により、高速走行時の効率を大幅に改善したと発表している。
その他、一部の商用車向けEVでは、より多段の変速機を採用する例も見られる。大型トラックやバスなどは、積載量の変化が大きく、登坂能力も重要となるため、複数のギヤ比をもつことでさまざまな走行条件に対応している。将来的には、モーター技術の進化と変速機技術の融合により、より効率的で高性能なEVが登場する可能性もある。
しかし、現時点では大半のEVメーカーがシンプルさを選択している。変速機のない駆動系は静かでスムースな走行感を生み出し、これこそがEVの新しい価値として受け入れられつつある。ギヤチェンジの楽しさは失われたかもしれないが、代わりに得られた瞬時のレスポンスと途切れない加速感は、新たな運転体験を提供している。EVの普及が進むにつれ、この新しい走行感覚が、やがてスタンダードとなっていくのかもしれない。