水素エンジンは作らない
−−iX5は水素自動車の完成形でしょうか。
「市販までにはまだ時間がかかります。プラットフォームは(2025年発表予定の)ノイエクラッセと私たちが呼んでいるものを使う可能性があります。10年前、BEVを運転しはじめたひとたちは、世界でもっともクールな乗りものだと思ったはずです。2009年に私たちがMINI Eを発表したときは、BEVのことなんて考えるひとはひとりもいませんでした。7年後には、世界でもっともクールな乗り物になっていました。そしていま、次のクールな乗りものが水素自動車なのです」
−−周到なスケジュールに基づいた開発計画ということですね。
「i3を発売してから、5年間ぐらい何も発表していなかった時期がありました。このとき、私たちは開発の手を休めていた、いわば、眠っていたんじゃないかって考えたひともいます。実際は眠ってなんかいませんでした。私たちはこれから会社全体をリビルドするために、あらたなアーキテクチャーの計画を策定していました。水素自動車はそこから生まれたものです。ひとつのアーキテクチャーに4種類のドライブトレインが載せられることが、製品開発コストを下げる意味でもとても重要です。水素自動車は、BEVとともに、おなじアーキテクチャーをシェアできることが重要なのです」
−−トヨタ自動車はすでにMIRAIという燃料電池車を販売しているし、いっぽうで、水素燃料でエンジンを回して走るレースカーや、既存のクルマのエンジンを使いながら、水素タンクを搭載するレトロフィットのアイディアを持っているようです。BMWにとって水素自動車は、燃料電池とエンジン車ともに可能性がありますか。
「15年前にふたつの選択肢が示されていました。燃料電池にするのか、水素でエンジンを回すのか、という選択です。私たちはすでに結論を出しています。水素でエンジンを動かすという選択をする会社もあるかもしれません。でも私たちの方向性は明確です。私たちは電気自動車をすでに作っています。水素エンジンは技術的に可能なのですが、私たちはその方向へはいきません」
−−そこで、さきの「2本脚で進む」という説明が活きてきますね。
「はい。私はつねに言ってきたんです。なぜバッテリーだけなのかと。会社が成長しているときは、タイミングをみはからって、将来への投資をしたほうがいい。2025年はいいタイミングです。欧州では4分の1から3分の1が、さきにも触れたあたらしいアーキテクチャーを使ったクルマになるでしょう」
「アーキテクチャーはもっともお金がかかる部分です。そこに投資するには、正しいタイミングを見極める必要があります。i4、i7、このあと出てくるi5、どれをとっても妥協はありません。私たちがどんなアーキテクチャーでも、ちゃんと“BMW”が作れるという証明なのです。なのでノイセクラッセでも“BMW”が作れるでしょう。そして、25年こそ、BMWという企業をスケールアップさせるのにいいタイミングだと思っています」
−−ICEで熱心なファンの多いモデルを作っているBMWですが、あたらしい未来が必要なのですね。
「私たちはスペアパーツを売って、顧客がいまあるクルマをずっと乗り続けていられるようにしたほうがいいでしょうか。それは考えていません。そういう未来図を描くのは、私たちにはむずかしいことです。毎年、路上を走っているクルマは全体の10パーセントの割合で減っています。そのぶんを新車が埋めていく。そこがゼロエミッションのクルマが入っていくところです。ゆっくりしたアプローチですが、極端なことをやろうとするのは危険です。時間をかけてゼロエミッションのクルマを市場に増やしていくのです」
−−水素の技術ライセンスを売っていく考えはありますか?
「やれるならそうしていくんじゃないでしょうか。しかしいまはそのことを話せる時期ではないです。私たちはこれまでエンジンを販売するビジネスをやってきました。それが評価されてきましたから。これからだって、運転支援システムを売ることだってあるかもしれないし。なんだってありえるのですが、水素についてはいまはなんとも答えられません」
Oiver Zipse オリバー・ツィプセ(BMW AG 取締役会会長)
1964年2月ドイツ・ハイデルベルク生まれ。米ユタ大学でコンピュータサイエンスと数理を学び、1991年にBMW AGへ研修生として入社。英国・オックスフォード工場長、経営企画および製品戦略担当上級副社長などの管理職を歴任し、2015年以降はBMW AG取締役会のメンバーとして生産部門を担当。2019年8月16日付でBMW AG取締役会会長に就任。