2010年に登場した初代リーフ 2024年上期の当期純利益が前期比で9割以上減(2962億円→192億円)となったことが話題になるなど、ネガティブなニュースが目立つ日産自動車。一部には「EVに特化したことが危機的な経営状況を招いた」といった声もあるようです。 EVに力を入れすぎた結果、現時点でニーズの高まっているプラグインハイブリッドやe-POWER(シリーズハイブリッド)の市場投入が十分でない……という見方が、そうした批判を生んでいるそう。とはいえ、日産の主力商品はまだまだガソリンエンジン車であって、EVシフトはそれほど進んでいないという事実もあるのですが、おそらく「リーフ」というEV専用モデルをいち早く販売した、EVの先駆者というイメージが、そうした印象を生んでいるのでしょう。 逆にいえば、自動車ファンにとって、それほど「リーフ」というのは衝撃的なモデルであり、EVシフトを象徴する1台として認識されているといえます。いま、あらためて初代リーフが登場したときの自動車ファンに与えた大きなインパクトを振り返ってみたいと思います。 初代リーフが日本で正式に発表されたのは2010年3月のことでした。バッテリー総電力量は24kWhでJC08モードでの一充電航続距離は200km。エントリーグレードの価格は376万4250円で、当時の補助金は最大78万円となっていましたので、ギリギリ300万円を切るくらいの車両価格になるという感覚でした。いまほどクルマの値段が上がっていない時代でしたから、かなり高価な印象もありましたが、“ある程度”実用的なEV専用モデルが購入できるようになるというのは大いに話題となりました。 そんな最初のリーフに、筆者が触れたのは忘れもしない2010年12月4日のこと。実際に発売開始となった直後の試乗となりました。もっとも、いまも昔も日産に取材する伝手があまりない筆者は、日産のヘッドクォーターで開催された一般向け試乗会に当選、発売が始まったばかりのリーフを運転することができたのです。 当時の印象を思い出せば、ドライビングフィールは「自然」をキーワードに仕上げられていたと記憶しております。アクセルペダルに対する反応は、いきなり最大トルクを発生できる電気モーターでありつつ徐々にトルクが盛り上がっていくような感触になっていましたし、回生ブレーキと協調していながらブレーキペダルの操作に違和感も覚えないものでした。 メカニズム的に注目したのは、当時としてはかなりしっかりとした「リヤディフューザー」を備えていた点。2010年にはエンジン車においてもディフューザー的な空力デバイスが装備されるモデルが増えていましたが、どうしてもマフラーが存在しているため、理想的とはいい難い形状のモデルも見受けられました。 しかして、リーフの場合は、フロア下からリヤバンパーにかけて“キレイ”に一体化したディフューザー形状となっていたのです。航続距離を稼ぐために空気抵抗を減らす必要があるためでしょうが、EVは空力デザインにおいても自由度が高いと確認させられたのも初代リーフの思い出です。
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