EVとトランスミッションが相容れない意外な理由
このように現在では、小型車からトラクターヘッドに至るまでトランスミッションを採用するEVが増えつつある。しかしこれから爆発的にトランスミッション装備のEVが増えるかというと、話はそう単純ではない。
トランスミッションはギアの塊なので、ノイズや振動が当然発生する。その箇所に十分な対策を施さないと、EVの車内にノイズが響いてしまうのだ。内燃エンジン車であればエンジン自体のノイズや排気音で目立たなかった部分が、EVの「圧倒的な静粛性」のおかげで問題になってしまうわけだ。
またEVの加減速は非常にスムーズである。トランスミッションを載せた場合、ショックがなくスムーズに変速が行われるようにしなければ、滑らかな加速などの特性を損ねる可能性もある。
さらに現在は、モーター一体型駆動装置(イー・アクスル)の採用が進んでいる。イー・アクスルは、インバーターとモーターなどをコンパクトにまとめた装置だが、ここにトランスミッションを組み込めば、逆に大型化してしまい本末転倒となる。
それよりもモーターの性能を上げてより小型化する方が良いのは明白だ。もちろんトランスミッションを組み込めばコストも上がってしまう。自動車メーカーは首を縦に振らないだろう。
EVからトランスミッションはなくならない
ここまでEVのトランスミッションを搭載する上での課題や問題点を書いてしまったが、もちろんメリットも多くある。
先にも挙げたが、オンロードとオフロード、高速と低速など違ったシーンを1台でこなすような場合ではトランスミッションは有用だ。「マグニトー」の場合は強力な登坂能力、「タイカン」の場合はアウトバーンを走行できる高速性能を電費とともに両立できる。
またトランスミッションによって、モーターの効率の良い回転域を幅広い速度で維持できるようになれば、電費が良くなり航続距離の延伸やバッテリー容量を少なくすることも可能だ。重量物かつ高価なバッテリーを小さくできれば、軽量化やコストダウンが可能になるのだ。
筆者もこれまでに多くのEVを制作してきたが、コンバージョンEVのようにエンジン車のトランスミッションをそのまま流用したことで、改造費も低く抑えることができた。
ここまでEVのトランスミッションのメリットとデメリット双方を書いてきたが、今後EVには、トランスミッション搭載車も非搭載車も両方存続していくだろう。ただ、トランスミッション搭載車は、大きなトルクや高速度走行が必要といった特別な車に搭載されると思う。「マグニトー」のようなMTはかなり特殊な例だが存続はするはずだ。
特にトヨタが「AE86」で体現した「クラッチやシフト操作が残るファンなクルマ」をEVでも残すことは、車好きを守り育てる意味でも重要ではないだろうか。