中国市場で売れないと各メーカーのEVシフトは成り立たない
そして、その中国市場における電動化動向を確認してみると、緑で示されたバッテリーEVの販売台数については、中国全体の販売台数と比較しても大したシェアを獲得することができておらず、直近の第四四半期において、ついにようやく5%の大台を突破した見込みであるものの、それでもグローバル全体のEVシェア率と比較しても、まったくEVシフトが進んでいない様子を確認可能です。何といっても、その第四四半期を見てみると、3年連続販売台数が低下しています。
つまり、メルセデス・ベンツの最大マーケットであり、今後の電動化戦略を決定するうえで重要なマーケットでもあるEV大国の中国市場を見てみると、メルセデス・ベンツのEV戦略がまったくうまくいっていない様子を確認でき、実際にそのEVシフトがうまくいっていない影響もあってか、中国市場における販売台数の低下が止まらない状況です。
少なくともこのままいけば、2030年までに中国市場を完全EV化することは不可能であり、よって、その目標を取り下げたという見方ができるわけです。
そして、この中国市場で起こっているメルセデス・ベンツにとっての厳しい販売動向というのが、メルセデス・ベンツをはるかに凌ぐ、圧倒的な強豪EVのポテンシャルの高さです。
とくに2024年シーズンに突入して、高級EVセグメントで地殻変動を起こしている存在というのがファーウェイのAITOブランドです。2月中から正式納車がスタートしている、フラグシップSUVのM9については、その2月だけで、なんと5000台を超える販売台数を記録しています。
このM9は、日本円で1000万円級の高級セグメントであり、それが月5000台ほど売れているというのは、中国人に人気のドイツ御三家でも一部の人気モデルでしか達成できない販売規模であり、EV市場の地殻変動といっても大袈裟ではありません。
※参考記事:中国市場でファーウェイのEVが爆発的人気! ライバルを凌ぐ激安っぷりと超豪華内装のAITO M9とは
さらに、そのEV性能を比較してみても、メルセデス・ベンツのフラグッシップSUVであるEQS SUVと同等のEV性能を実現しながら、その値段設定は、なんとM9の半分ほどの価格。装備内容を比較してしまうと、もはや勝負にならないほどにM9が充実していることから、コスト競争力という点では、まるで勝負になっていない状況です。
それでもメルセデス・ベンツというブランド価値により、メルセデス・ベンツは売れているはずであると思われがちなものの、メルセデス・ベンツのEVの月間販売台数の変遷を見てみれば、月間1000台の壁を突破した車種はいまだに、EQB、EQE、そしてEQE SUVの3車種のみ。
とくに、今回比較対象として取り上げているEQS SUVについては、直近の12月と1月それぞれ122台、そして90台と、完全に販売が低迷してしまっている様子が見て取れます。
そして、メルセデス・ベンツは、中国市場においてEVの大幅値引きを行っており、とくにEQS SUVに至っては、最大26万元、日本円に換算して衝撃の535万円ものとんでも値引きを行っている状況です。それで月間100台しか販売できていないという点こそが、なぜ乗用車部門の収益性が悪化し、EVのビジネスが持続的でないと主張するのかの理由であることが見て取れるでしょう。
ちなみに、直近においてメルセデス・ベンツのトップは、中国製EVに対してさらなる関税措置を設けようとする欧州連合を牽制する形で、その関税率をむしろ引き下げるべきであるという主張を行っています。
あくまでも、健全な競争を促すべきであると主張しているものの、これも、ここまで説明したメルセデス・ベンツの中国市場における背景事情を理解すると、その内心が読み解けるわけです。つまり、仮に欧州が中国製EVを恐怖に感じて関税措置をさらに追加で適用しようとすれば、中国側は報復措置として、欧州から中国へ自動車を輸出する際に追加の関税を課すことにつながる可能性が濃厚となります。
ただでさえ、メルセデス・ベンツの収益源として重要であるはずの中国市場における高級車販売において、15%もの関税がかかっている現状にさらに税金が追加されることになれば、それこそEVシフトどころか、メルセデス・ベンツの事業全体に大きな悪影響が出てしまうわけです。
まさに欧州としては、大衆ブランドのために中国製EVの流入を止めようとすると、今度は高級ブランドの中国への自動車輸出に大きな悪影響が出てしまうという、完全に八方塞がりとなってしまっているわけです。
メルセデス・ベンツは、ただでさえ大幅値下げを行ってもEVが売れないという状況をこれ以上悪化させないためにも、中国製EVに対する追加の関税措置には反対の意向を表明しているというわけです。
このように、2030年までの完全EVシフトを事実上撤回してきたメルセデス・ベンツについては、世界全体のEVシフトが想定以上に進んでいないように見えて、じつは最重要マーケットである中国市場でまったくEVが売れていないという点こそが、EVシフト撤回の大きな理由となっている可能性が高いわけです。
中国市場においては現在、急速にEVシフトが進んでおり、つまりメルセデス・ベンツの完全EVシフト撤回というのは、世界のEVシフト減速というデタラメ論理が理由でもなんでもなく、シンプルに、メルセデス・ベンツのEVが中国人に選ばれていないだけであり、実際に、競合の中国製EVにまったく太刀打ちすることができていない状況を踏まえれば、メルセデス・ベンツのEVシフトの実力が、中国勢に力負けしているだけなのです。
むしろEVシフトを遅らせれば遅らせるだけ、中国製EVの支配が強まるだけです。主力マーケットである中国市場のシェアを失っていくのを、ただ指を咥えてみているだけとなるわけです。
いずれにせよ、メルセデス・ベンツの完全EVシフト延期の発表だけをみてEVシフトが減速していると理解するのは明確に誤りであり、この流れで漁夫の利を得るのは、現在中国国内でEV戦争を戦っている中国のEVメーカーたちなわけです。
関税措置で対抗しようとしても、それは巡り巡って自分たちの首を絞めるだけであり、欧州メーカーの、極めて厳しいEVシフトの現実が、図らずも浮き彫りとなってきているわけです。