日産FEVの未来を見据えた中身
日産自動車における電気自動車(EV)の祖は、1947年の、たま電気自動車であるとされる。そこから44年の歳月を経て、1991年の東京モーターショーに出展されたコンセプトカーが、FEVだ。2人乗りクーペの姿だが、室内写真には簡易的な後席の様子も見える。
それまで、EVといえば走行距離の短い近所の足といった考えがあった。だが、FEVは日常の用途はもちろん、多少足も延ばせる走行距離を視野に入れていた。そこから、車名をFEV(FUTURE ELECTRIC VEHICLE)=未来の電気自動車とした。

時速40kmの定速走行で250kmを走り、当時の10モード計測では100kmの一充電走行距離を達成していた。そのために、空気抵抗はCd値0.19というとてつもない数字で、車両重量は900kgに抑えていた。EVとしては軽量な車種であるBMW i3の1260kgより軽い。ショーカーとしての試作車と量産市販車の違いはあるが、EVでもより軽くという狙いには通じるところがある。

FEVでもうひとつの注目点は、今日なおEVの懸念材料と思われている充電時間だ。FEVは、40%までの充電を6分で終えるとした。満充電でも15分と試算することができる。このとき日産は、急速充電という考えをすでにもっていた。
技術の詳細な資料はない。それでも、単に毎日家で充電して近所を走りまわるクルマとしてではなく、ときには遠出も視野に入れたEVとして、充電性能の速さを意識していた証だ。

まだリチウムイオンバッテリーが市販されるようになる前の、鉛酸バッテリー時代での構想と開発であった。世界でいち早くリチウムイオンバッテリーに注目し、それをクルマに活用したのは日産で、リチウムイオンバッテリーを車載したショーカーのコンセプトカーFEV-Ⅱが公開されたのは95年、実験車両としてのプレーリージョイEVが走り出すのは97年のことだ。

充電に関して日産は、2000年のハイパーミニで、非接触式の充電方法を採用している。よりよい充電の仕方を模索した時代だ。それほど日産は、EVに重きを置いていた。
































































