EVが本来もつべき魅力とは
本来は静粛性が高いはずであるのに、車内外へエンジン音などを聞かせるEVがある。たとえばイタリアのアバルト500eは、スイッチを入れると情熱的な擬似エンジン音を車内外に轟かせながら走る。
日本車ではマツダMX-30のEVモデルが、エンジン音ではなくモーター回転の高鳴りを音で知らせる選択肢を設けた。ほかにもPHEVのBMW i8は、V8エンジンのような音を車内に聞かせる試みをした。i8の発電用エンジンはEVのi3のレンジエクステンダーと同様の直列3気筒だが、それではガルウイングドアを備えたスーパーカーのような姿のi8には排気音が似つかわしくないと考えたのだろう。姿に見合ったV8の擬似エンジン音で演出したのだ。
また、ポルシェは初のEVであるタイカンに、加速に応じて音色を聞かせる選択肢を備えている。これらの事例の多くが、走りの爽快さを売りにしてきた自動車メーカーで、それぞれに排気音も運転の楽しさや醍醐味のひとつと捉えてきた。EVになれば、電気系制御音は別として排気音のような強烈な音は発しない。そのため、電子的な音による演出が必要と考えたのだろう。
しかしそれは、過渡期の模索でしかないのではないか。すでにEVを経験した人なら、低速トルクの大きなモーターが繰り出す加速の強烈さや滑らかさに、音がなくても鳥肌が立つような興奮を覚えたことがあるのではないか。また、減速の際にはエンジン車でのブリッピングがなくても、回生の強弱を活かした減速度の効果を実感しているのではないだろうか。
EVは、環境適合のためのエンジン車やHVの代替策のひとつと捉える考えがなお多くを占めるようだが、実際はそれらと違った価値をもつ新しい移動手段である。そこに従来の価値や嗜好をもち込むことはかえって不自然だ。
あえていえば、時速300kmで走る新幹線の加速に、蒸気機関車のような「シュッシュッポッポ」という音を使うことがいかに不必要であるかに通じるのではないだろうか。燃焼を伴う移動手段への郷愁ともいえる演出は、やがて姿を消すだろう。
環境という視点に立てば、EVの静粛性は地域の住環境にも効果をもたらす。たとえ街道沿いに住んでいても、交通騒音から解放される期待がある。あるいは、早朝や深夜の移動に際しての近隣への騒音公害を軽減することにも通じる。EVが静かであることは、クルマとしてだけでなく暮らしと密接な環境の改善にもつながるのである。






















































